シェフのプロフィールが公開されました。
2009年02月20日
このたび、ネット上にて初めて、スイスシャレーの田中シェフ(料理長)のプロフィールが
公開されました。

「厳選したプロを紹介する地元密着Web
ガイド・マイベストプロ」トップページは…
(こちら→)http://mbp-kobe.com/
「マイベストプロ神戸」とは、神戸新聞が主催する地域活性化プロジェクトのようなもので、
「自分だけの頼れるプロを見つけよう!」と、各方面から選りすぐりの「その道のプロ」を
紹介しているサイトです。
そして、わがスイスシャレーの田中シェフのプロフィールものせていただけることとなりました。
(こちら→)http://pro.mbp-kobe.com/swisschalet/
何かにおいても、作り手の顔が見えない、不透明ないまの社会の中で、このような機会を持てたことはたいへんうれしく思います。
「エスカルゴ」というお店は、創業50年あまりという歴史ある老舗中の老舗でしたが、もろもろの都合により閉店の憂き目にあいました。
ただ、田中シェフとかねてより親交のあったスイスシャレーのオーナーは、彼の料理人としての
腕と、あたたかみのある人柄を買っていましたので、閉店のうわさを誰よりも早く聞きつけ、スイスシャレーヘスカウトしたのです。
田中シェフにとっては、まさしくピンチがチャンスといったぐあいで、それでも、おなじく歴史ある
スイスシャレーの厨房を任されるのは不安で、やや肩の荷が重いように感じましたが、オーナーの気持ちを充分にくみ取ったうえで、スイスシャレーに移ることを決めたのです。
何十年も通い続けたエスカルゴの閉店に、お客さんもとまどったことでしょうが、「エスカルゴの
料理をもう一度楽しんでもらいたい!」という田中シェフの願いをこめて、かつてのお客さんに
自分の居場所を知らせ続けました。エスカルゴのメニューもそのまま持ち込んで。
シャレーを知らなかったお客さんも、はじめは興味津々、田中シェフをしたって…といったふう
でしたが、いつの間にか私たちのお客さんになってくださいました。
はじめは点と点をつなぐだけの作業にすぎなかったのが、いつの間にか一本の長い線になって
形をあらわしたと思うと、こんなにうれしい事はない」と田中シェフは言います。
ひとつの町のふたつのお店をめぐるお話は、まさに「知る人ぞ知る」です。もちろん…知らない
人には新しい、ということもあるんでしょうけどね。
新しいようで懐かしい、懐かしいようで新しい、そんないまのスイスシャレーです。
公開されました。

「厳選したプロを紹介する地元密着Web
ガイド・マイベストプロ」トップページは…
(こちら→)http://mbp-kobe.com/
「マイベストプロ神戸」とは、神戸新聞が主催する地域活性化プロジェクトのようなもので、
「自分だけの頼れるプロを見つけよう!」と、各方面から選りすぐりの「その道のプロ」を
紹介しているサイトです。
そして、わがスイスシャレーの田中シェフのプロフィールものせていただけることとなりました。
(こちら→)http://pro.mbp-kobe.com/swisschalet/
何かにおいても、作り手の顔が見えない、不透明ないまの社会の中で、このような機会を持てたことはたいへんうれしく思います。
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ここで少し、田中シェフのプロフィールページを簡単にご紹介させていただきます。・
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田中シェフは、数年前にスイスシャレーに来るまでは、おなじく神戸の「エスカルゴ」というお店に30年つとめるベテランでした。・
「エスカルゴ」というお店は、創業50年あまりという歴史ある老舗中の老舗でしたが、もろもろの都合により閉店の憂き目にあいました。
ただ、田中シェフとかねてより親交のあったスイスシャレーのオーナーは、彼の料理人としての
腕と、あたたかみのある人柄を買っていましたので、閉店のうわさを誰よりも早く聞きつけ、スイスシャレーヘスカウトしたのです。
田中シェフにとっては、まさしくピンチがチャンスといったぐあいで、それでも、おなじく歴史ある
スイスシャレーの厨房を任されるのは不安で、やや肩の荷が重いように感じましたが、オーナーの気持ちを充分にくみ取ったうえで、スイスシャレーに移ることを決めたのです。
何十年も通い続けたエスカルゴの閉店に、お客さんもとまどったことでしょうが、「エスカルゴの
料理をもう一度楽しんでもらいたい!」という田中シェフの願いをこめて、かつてのお客さんに
自分の居場所を知らせ続けました。エスカルゴのメニューもそのまま持ち込んで。
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…今では、親子3代にわたって来てくださるお客さんの、なんと増えたことでしょうか。スイス・
シャレーを知らなかったお客さんも、はじめは興味津々、田中シェフをしたって…といったふう
でしたが、いつの間にか私たちのお客さんになってくださいました。
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「一つひとつの料理が橋渡しとなる、人と人との関わり合いが、30年にもわたってつながり、・
はじめは点と点をつなぐだけの作業にすぎなかったのが、いつの間にか一本の長い線になって
形をあらわしたと思うと、こんなにうれしい事はない」と田中シェフは言います。
ひとつの町のふたつのお店をめぐるお話は、まさに「知る人ぞ知る」です。もちろん…知らない
人には新しい、ということもあるんでしょうけどね。
新しいようで懐かしい、懐かしいようで新しい、そんないまのスイスシャレーです。





